プロ野球のキャッチャーの背番号は「27」が多いです。
各球団のエースキャッチャーがつけたりします。
その影響もあってか大学野球や草野球などでも
キャッチャーが背番号「27」をつけてることが多いです。
なぜキャッチャーは背番号が「27」なのか、その理由をお話します。
きっかけは名捕手への憧れや球団からそうなって欲しいという想いなんですよね。
また背番号「27」をつけた歴代の名捕手たちもご紹介します。
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背番号「27」の伝説的なキャッチャー
背番号「27」のキャッチャーが増えたのは、伝説的なキャッチャーの存在が大きいです。
それは森祇晶氏です。
野球をやってる人なら名前くらいは聞いたことあると思います。
読売ジャイアンツでV9を達成した時のキャッチャーが森祇晶氏なのです。
このV9ってリーグ優勝だけではありません。
9年連続でリーグ優勝して9年連続で日本一になってるんです。
そう考えると恐ろしいくらい巨人の時代だったんだと思います。
それをキャッチャーとして支えていたのが森祇晶氏です。
聞くところによると森祇晶氏は東京大学に進学を志せるほどの頭脳を活かし、配球&リードが抜群だったそうです。
相手チームの配球を1試合まるまる覚えていたという逸話もあります。
恐ろしすぎる記憶力です。
それ以外にもパスボールは通算で42個、最高盗塁阻止率は7割超えと、森祇晶氏がいかにキャッチャーとして優れていたか分かりますよね。
またバッティングは勝負強さもあり、V9時代には長嶋茂雄、王貞治、森祇晶でクリーンナップを打ってた時期も。
通算打率は.236なのでバッティングが良かったとは言えませんが、9年連続で日本一になる過程のプレッシャーは凄かったでしょうし、相手チームはエース級のピッチャーしか投げてこなかったと思うので、個人的には立派な記録だと思います。
森祇晶氏は背番号「27」の伝説的なキャッチャーだったんです。
背番号「27」がキャッチャーに定着した理由
薄々はお気づきかと思いますが、背番号「27」がキャッチャーに定着した理由をお話します。
ご想像の通り、森祇晶氏がきっかけです。
森祇晶氏みたいになってほしい球団の想い
森祇晶氏みたいになりたい選手の想い
げん担ぎ
こんな想いがあって背番号「27」がキャッチャーに定着したんだと思います。
球団のフロントはチームに優勝してほしいので、V9という偉業を果たした森祇晶氏のようなキャッチャーになってほしいですし。
当時は森祇晶氏のようなキャッチャーになりたい選手が多くいたんだと思います。
大学野球とか草野球でも憧れの選手の背番号をつけるパターンが多いです。
左バッターなら「23」「24」「51」など。
またげん担ぎの部分もあったんだと思います。
キャッチャーで背番号「27」をつければ上手くなれるみたいな。
それくらいキャッチャーとしての森祇晶氏には凄みがあったんだと思います。
なぜ野球は9回までなのかはこちらでお話してます。
歴代の背番号「27」の名捕手
それでは歴代の背番号「27」を付けた名捕手をまとめます。
この他にも背番号「27」を付けたキャッチャーはいますが、
球界の歴史に残るような捕手はこの4人だと個人的には思います。
大矢明彦
1人目は大矢明彦氏です。
大矢明彦氏は強肩のキャッチャーとしてプロ野球で活躍しました。
盗塁阻止率が5割を超えてたんです。
また盗塁成功率が8割を超えていた柴田勲に「大矢の時は走らない」とまで言わしてめてたエピソードもあります。
「鉄砲肩の殺し屋」なんて言う怖すぎるあだ名もあったみたいです。
古田敦也
2人目は僕が尊敬してやまない古田敦也氏です。
名捕手であり名監督の野村克也氏の一番弟子であり、野村克也氏以来のキャッチャーで首位打者に輝いています。
また通算打率は歴代のキャッチャーで1位です。
また守備面も凄まじいものがあり、シーズン盗塁阻止率と通算盗塁阻止率も歴代で1位。
打って守れる名キャッチャーが古田敦也氏です。
プロ野球のリクエスト制度についてはこちらで解説してます。
伊東勤
3人目は伊東勤氏です。
セ・リーグの古田敦也、パ・リーグの伊東勤の時代でした。
名捕手が両リーグにいたとんでもない時代だったんです。
打率や盗塁阻止率はあまり目立ちませんが、伊東勤氏の目を見張る成績は優勝回数の多さです。
14回のリーグ優勝と8回の日本一になってるんです!
伊東勤選手の現役が22年だったので、とんでもない回数です。
ほぼ毎回優勝してるってことですからね。
優勝に導けるキャッチャーは名捕手です。
また古田敦也氏の師匠は野村克也氏でしたが、伊東勤氏の師匠は森祇晶氏です。
なので若干プレースタイルも似てるんでしょうね!
野村克也氏と古田敦也氏は打てるキャッチャーの象徴であり、
森祇晶氏と伊藤努氏は球界屈指の守備力を誇るキャッチャーです。
巨人の永久欠番についてはこちらでお話してます。
谷繁元信
最後4人目は谷繁元信氏です。
セ・リーグで古田敦也氏と同時期に活躍した名キャッチャーです。
なのでこの時代にはどちら派かなのかで話に一花咲きます。
主にキャッチングですね。
古田敦也氏はフレーミングをバンバンやりますが、谷繁元信氏はその位置で捕るキャッチングのタイプ。
どちらが良いのかはありませんが、それぞれのキャッチングタイプの究極のパターンです。
打撃面は古田敦也氏よりは劣るものの守備面では引けを取りません。
実際に当時のゴールデングラブ賞を争っていました。
またクセの強い落合博満氏にも一目を置かれる存在なのも谷繁元信氏の特徴です。
通算出場3021試合を誇る名捕手です。
野球のバッテリーの語源はこちらで解説してます。
番外編|ソフトバンクは「27」じゃない!
せっかくの背番号「27」の話になので小話をします。
ソフトバンクのキャッチャーの背番号は「27」がエースではないんでよね。
「19」がソフトバンクのエースキャッチャー番号なんです。
どうしてか?
それは野村克也氏が付けていた背番号が「19」だからです。
甲斐拓也捕手が受け継ぎました。
なのでチームに名捕手が生まれ、その背番号が各球団のエースキャッチャーの称号になるんですよね。
なのでひょっとしたら、今まで巨人のエースキャッチャー番号は森祇晶氏の「27」でしたが、これからは阿部慎之助氏の「10」に変わるかもしれませんね。
打てて守れるキャチャーが巨人に誕生すれば!
日本の野球の歴史はこちらでお話してます。
背番号「27」は名捕手の証
背番号「27」がキャッチャーに定着した理由をお話しました。
プロ野球全体で背番号「27」のキャッチャーは名捕手の証であり、球団・選手の想いが詰まっています。
これから背番号「27」の名捕手が生まれるのか、はたまたエースキャッチャーを象徴する背番号が生まれるのか。
この部分も楽しみですね!
野球の三振『K』の意味と由来はこちらで解説してます。